「デザインは思いやり」株式会社窪忠が考えるお客様のためのデザインとは

多くの外資系広告代理店でアートディレクターとして活躍してきた窪田 雅一さん。2012年に独立、株式会社窪忠を設立し、グラフィックデザインをベースに、平面、立体、動画、ウェブなど、幅広いデザイン領域での企画・制作を行っている。窪田さんは「デザインは思いやり」と信念を語る。窪田さんの考えるグラフィックデザインのあり方と、AIとデザインとの関係について語っていただいた。

窪田 雅一さん/株式会社 窪忠
1996年、グラフィックデザイナーとして制作プロダクションでキャリアをスタート。2001年から2012年まで外資系広告代理店数社でアートディレクターを担当。新聞・雑誌・店頭等のグラフィック広告の制作を中心に、TVCMをはじめとする動画制作、ウェブやイベントツールの制作業務などに携わる。外資系クライアントの担当実績が多く、ジャンルも男性用生活消費材(髭剃り)やアパレル、コーヒー・タバコなどの嗜好品、自動車メーカーや金融機関など、表現の柔軟を問わず幅広い業種の制作業務を担当する。特に自動車カタログの制作実績が多く、スタジオ・ロケでの豊富な撮影経験がある。
2012年に独立。外資系広告代理店からの制作業務や、大手印刷会社からの制作業務を担当。
2013年に株式会社窪忠として法人化。現在に至る。
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デザイナーへの道

ー 窪田さんがデザイナーを志したきっかけを教えていただけますか。

きっかけは20代の初めの頃に行っていたアクセサリー作りです。「デザインって面白いな」と感じたきっかけでした。

高校卒業後にデザイン専門学校の桑沢デザイン研究所に入学し、授業でデザインを学び始めたものの、当時はデザインがよく分かっていませんでした。

周りにはアーティストを目指す人たちが多く、絵を公募展に出展している友人の影響を受けて、私も個展を開くようになります。学校を卒業後は就職せずに公募展に出品したり、美術系の出版社に作品を売り込んだりしました。しかし「個人的には好きだから、がんばってみたら」と言われても、結局は絵で食べていけなかったのです。

その後、アパレル系の店で働いている知り合いのつてを頼り、小遣い稼ぎとしてアクセサリーを作り始めます。自分の作品と同じモチーフを使ったアクセサリーを作り、バイヤーに紹介してもらいました。しかし、自分の個性を前面に出したアクセサリーは全く売れませんでした。

そこで自分の色を消し、世の中の流行に寄せたアクセサリーを作ったところ、見事に売れたのです。それが「楽しい」と思ったんですよね。TV番組のスタイリストさんが撮影に借りていったこともあり、「こういう人に喜んでもらえるものを作りたい」と気付きました。

この経験を通じて「人に喜んでもらえるものがデザインだ」と感じ、デザイナーになる決意を固めたのです。

ー 窪田さんにとって大きな転機だったんですね。

そうですね「作って売れて楽しかった」という経験が私のデザイナーの原体験です。きっかけは些細なことでした。しかし、それまでデザインには色々とルールがあって不自由だなと思っていたのが、そうではないと分かりました。

相手のニーズや世の中の動向を見て、「こういう物が必要とされているのだろう」という思いやりの気持ちが大切なのです。

プラスアルファで少しだけアレンジを入れて、他と似てるけれど唯一無二なものを、お客様の喜ぶ顔を想像しながら作ります。

今でも絵は描きますが、デザインを通してお客様がうまく言語化できないニーズを具現化することに力を注いでいます。デザインを通じて多くの人々に価値を提供することに喜びを感じています。

デザインの仕事における本当のやりがいを求めて

広告代理店時代に作成した作品。RJCカーオブザイヤーで特別賞、ベストSUV賞等を日本、ドイツ、アメリカで受賞。世界地図の水たまりが青空を写し、地球の上を大きな轍が横切っていくのが印象的。

ー アクセサリー作りからデザイナーにはどのように転換されたのですか。

デザインの世界に足を踏み入れたのは、グラフィックデザイン事務所での仕事がきっかけでした。しかし、最初から仕事の内容に違和感を感じていました。作業自体は自分に合っていると思ったものの、代理店からの下請け業務が中心で、その先にいるクライアントの顔が見えないことがストレスとなっていたのです。

就職前にフリーターとして接客業をいくつか経験していたこともあり、私は直接お客様とやりとりをすることの醍醐味を知っていました。そのため、オフィスでのデザイン作業だけではやりがいを感じることができませんでした。「クライアントの声を直接聞きたい」という思いだけで代理店での業務を目指すことにしたのです。

良いご縁があり外資系の代理店に就職することができました。初めてクライアントと直接やりとりをする機会を得ましたが、それには当然重い責任が伴います。結果を求められるシビアな現実に直面し、制作の厳しさを学びました。代理店時代には、制作のプロフェッショナルから多くを学びましたが、それ以上に営業担当者から学ぶことが多かったですね。営業担当からはクライアントが求めるものや、ビジネスと表現のバランスの取り方、未来のビジネスに繋げるための考え方などを叩き込まれました。

また、代理店時代には海外の広告賞にも触れる機会が多く、クリエイティブ表現の幅広い可能性を知ることができたのがよかったです。自分も海外の広告賞にエントリーする機会にも恵まれ、海外のクリエイターから多くの刺激を受けました。その経験から、制作者としての視点と、お客様へのサービスという二つの視点を持つようになりました。

ー 独立後はどのような思いで制作しているのでしょうか。

独立した後も、代理店時代に培った経験は非常に役立ったと思います。現在は、クリエイティブ表現に偏らず、クライアントのビジネスを最優先に考えたソリューションを提供することを目指し、日々業務に取り組んでいます。

デザインの世界で自分の道を切り開き、本当のやりがいを見つけることができました。クライアントの顔が見える仕事を通じてデザインの力を最大限に活かし、ビジネスの成功に貢献することが私の目標です。

窪田さんのデザイン観

ー 窪田さんがデザインの世界で大切にしていることはなんですか。

「思いやり」です。原点は、桑沢デザイン研究所の入学式での学長の挨拶で、「デザインは思いやり」という言葉を初めて聞きました。一番初めにとても良い言葉を聞いたなと思っています。

学長は自動車やバイク、家電製品のような工業デザインの分野で有名な会社の創業者でした。工業デザインはグラフィックデザインとは考え方が違い、ターゲットを深く考え、製品の用途を考えてしっかり作り上げる必要があります。

地に足のついた商売に基づく、工業デザインの経営者の言葉を原点にスタートできたことは非常に良かったと思っています。

最初は「デザインは思いやり」の意味が分からなかったのですが、様々な仕事を経験していくうちに言葉の重みが身にしみてきました。

一般的にはかっこいいものをセンスで作っている印象を持たれがちですが、私はデザイナーとして真逆のアプローチをとってます。

役割に合わせて情報を整理して組み立て直す

窪田さんの作品から

ー 「真逆」とはどういったことでしょうか。

デザインの語源は、ラテン語の「デ」(強調するという意味)と「サイン」を組み合わせた言葉とされています。デザインの仕事の本質は、雑多な情報の中から目的に合わせて強調するべき情報を選び、再構築することにあります。これがデザインの始まりであり、クライアントの要望を見出して応えることが求められます。

この考え方は、19世紀初頭ドイツのデザイン学校「バウハウス」で教えられていたデザインの理念に近いものです。バウハウスは、機能的で合理的なデザインを追求し、クライアントのニーズを深く理解することを重視していました。デザインとは、単に見た目を整えるだけでなく、クライアントの目的を達成するためのツールとして機能するものであると言えます。

デザインの仕事は、見る人を考え、見る人が一番関心を持つような販促物を作ることです。すなわち「思いやり」です。単にかっこいいものを作るだけではアートと変わりません。

ー アートとデザインは違うということですか。

全く違います。

アートは自分の思いを発信するものですが、デザインにはお客様がいます。お客様、つまり読者やターゲットがはっきり存在し、その人たちに理解してもらうために情報を整理し、組み立て直すことが求められる。これがデザインの本質です。

「君のスタイルがわからない」と過去の作品を見た人に言われることがありました。しかし私はそれでいいと思っています。自分のスタイルが何かということより、お客様に合わせて作る方が大切なのですから。その時その時の状況や目的に応じて最適なものを提供することを心がけています。

「自分のスタイルはこれだ」などと画一的なものを作っていたら、作品が全部同じになりかねません。

ー 「キムタクが役を演じると全部キムタクになる」というようなことでしょうか。窪田さんはスタイルがないのが強みなんですね。

そうですね。自分のスタイルに固執するのではなく、クライアントに合わせることを重要視しています。「最高よりも最適」なものを提供したいのです。自分にとって最高なものではなく、お客様の状況を見定めて一番いいもの、最適なものを作ることを常に心がけています。

私は表現者というより「商売人の息子」です。社名の「窪忠」は実は実家の屋号で、私は米屋の四代目にあたります。デザインもビジネスとして捉えており、お客様ファーストであることは当たり前だと考えています。この点が多くのデザイナーとは異なる視点が得られた理由でしょう。

AI時代のデザインと未来 ー 窪田さんの視点

ー AIの時代が到来していますが、これからのデザインはどう変わっていくとお考えですか。

今後の展望については、正直まだ見えていないですね。

最近参加したAIに関するセミナーが興味深かったです。大手代理店が主催したこのセミナーには千葉工業大学でAIを専攻している教授や、最先端のコミュニケーションを創造する若手クリエイターなど、多彩なスピーカーが集まりました。

AIとの付き合い方や考え方がみんなバラバラで面白かったです。AIに対する考え方が固まっていないからこそ今は何でもできるし、どんな付き合い方をしてもOKな段階なんだと感じました。自分なりのAIの活用法を見つけることが重要だと考えています。

変に枠にはまっていないから面白いし、自由な段階だからこそ自分流の付き合い方を模索しているところです。

しかし、今後は法規制で技術が縛られる可能性もあるため、その前に自分なりのリテラシーを高めたいという思いもあります。仕事のやり方は大きく変わると思いますが、新しいものを見つけることが楽しいですね。今の変化の中で新しいものを見つけた者勝ちだと思っています。

面白そうなものをいつまでも追いかけてみたいです。新しい時代のスタートに立ち会えること自体が楽しいし、そこから何を作るかを考えるのも楽しいです。

文:金子よし子

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